ルイス・セプルベダによる感動的な短編小説「Historia de una gaviota y del gato que le enseño a volar」からの抜粋
(背景情報:この物語は、ハンブルク港に暮らす一匹の黒猫ゾルバと、一羽のカモメの雛の絆を描いた心温まる物語です。
ある日、原油にまみれたカモメの母・ケンガが、最後の力を振り絞ってゾルバの家のバルコニーにたどり着き、死の間際に3つの約束を託します。「産む卵を決して食べないこと」「雛を守り育てること」──そして、「その雛に飛び方を教えること」。
ケンガの意志を引き継いだゾルバと港町の仲間たちは、やがて孵化した小さな雛を“ラッキー”と名づけ、大切に育て始めます。)
──
ラッキーは、猫たちの惜しみない愛情の中で、すくすくと成長していきました。1ヶ月も経つ頃には、銀色のなめらかな羽を持つ、しなやかな若いカモメへと姿を変えていきます。そんなある日、ゾルバの友人で読書家の猫・アインシュタインは、どうやってカモメに飛び方を教えればよいのか、何冊もの本を夢中で読み漁っていました。
「飛ぶというのは、空気を後ろと下に押し出すことだ……ああ、これは大事なポイントだな」とアインシュタインは鼻先でページをめくりながらつぶやきます。
「でも、どうして私が飛ばなきゃいけないの?」と、羽をぴったり体にくっつけて、ラッキーは不満げに言います。
「君はカモメだ。カモメは飛ぶものさ」とアインシュタイン。
「でも、私は飛びたくない。カモメでいたくもない。私は猫になりたいの。猫は飛ばないでしょ!」
ある日の午後、ラッキーはバザールの入口まで歩いていき、そこでチンパンジーのマシューと出くわします。マシューは猫たちの友達ですが、気難しい性格です。
「ここでフンなんかするんじゃないぞ、この迷惑鳥め!」マシューは声を荒げます。
「どうしてそんなことを言うの?」ラッキーはおずおずと尋ねます。
「鳥なんてのは、どこにでもフンを落とすだけの存在さ。お前も鳥だ」
「違うもん。私は猫よ。きれい好きで、アインシュタインと同じトイレを使ってるもん」
「笑わせるな。あのノミだらけの連中が、お前を洗脳してるだけだ。体を見てみろ、足は2本、猫は4本。羽があって、毛はない。しっぽはどこ行った?…お前みたいなバカ鳥、あの“恐ろしい!”ばかり叫ぶ本の虫猫と同じくらいイカれてる。お前を太らせて、最後には食っちまうつもりさ。羽ごと、な!」
その日の午後、ラッキーは大好きなイカのごはんに現れませんでした。心配した猫たちは手分けして探しに出かけ、ゾルバがぬいぐるみの山の中で小さく丸まっているラッキーを見つけます。
「ラッキー、お腹すいてないのか?イカがあるよ」とゾルバ。
ラッキーはくちばしを開こうともしません。
「具合が悪いのか?熱でもある?」ゾルバが声をかけます。
「私が太ったら……ネズミたちを呼んで、私を食べさせるつもりなんでしょ?」
「なに言ってるんだ?」ゾルバは驚きながら聞き返します。
ラッキーは涙を浮かべながら、マシューに言われたことをすべて話しました。
ゾルバはその涙をそっと舐め取り、そしてこれまでにない真剣な声でラッキーに語りかけます。
「君はカモメだ。チンパンジーの言ったことは、それだけは正しい。だけどな、ラッキー──私たちは君を心から愛している。それは、君がカモメだからなんだ。君が『私は猫だ』って言うたびに、私は否定しなかった。それは、私たちに似ていたいと思ってくれるのが嬉しかったから。でも、君は私たちとは違う。だからこそ、私たちは誇りに思ってるんだ。君の母さんを助けることはできなかったけど、君のことは全力で守ってきた。君が卵から生まれた瞬間から、ずっと愛情を注いできたんだ。猫にしようなんて、一度も思ったことはない。私たちは、違う存在を愛することを、君から学んだ。自分と同じものを受け入れるのは簡単だ。でも、違う存在を受け入れて、愛するのはとても難しい。君はそれを私たちに教えてくれた。君はカモメなんだ。そして、カモメとして生きていかなければならない。飛ぶことは、その運命なんだ。きっと飛べるようになったら、心から幸せになれる。そして、私たちの間の絆はもっと深くなる──まったく違う存在同士の間に芽生えた、本物の愛情として」
「でも、怖いの。飛ぶのが……」ラッキーは立ち上がって、か細く鳴きました。
「大丈夫。飛ぶときは、私がそばにいる。君の母さんに、そう約束したんだ」
画像クレジット:Behance
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ついに飛ぶとき
ラッキーは飛ぶ練習を始めた。しかし、何度試しても、ほんの少し浮かび上がるだけで床に落ちてしまう。17回挑戦して、17回とも失敗した。失敗するたびに、ラッキーの顔から希望が消え、悲しげな表情になっていった。
「ラッキーは飛ばなくちゃいけない。あの母さんとの約束なんだ。それに、ラッキーにも約束したんだ」とゾルバは繰り返した。
「それは、僕たちみんなで果たすべき約束だよ」
「でも、僕たちにはもう教えてあげられないことがある。……猫の世界の外に助けを求めるしかない」
そう言って、ゾルバはついに人間のもとへ助けを求めに行った。
ゾルバは、死にゆくカモメのこと、託された卵のこと、そして生まれてきたラッキーと、そのラッキーに飛び方を教えようと努力してきた猫たちの話をすべて語った。
「どうか、手を貸してくれませんか?」ゾルバが問いかけると、人間は静かにうなずいた。
「きっとできると思います。しかも、今夜がいいでしょう」
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「嫌だ! 怖いよ、ゾルバ! ゾルバァ!」ラッキーが叫んだ。
「君は飛べる、ラッキー。深呼吸してごらん。雨の感触を感じてみて。それが“水”だよ。君が生きていく中で、幸せを感じる瞬間はたくさんある。その一つが水。もう一つは風。そして太陽。どれも、雨のあとにやってくるごほうびだよ。雨を感じて、翼を広げてごらん」とゾルバが優しく語りかけた。
ラッキーはゆっくりと翼を広げた。スポットライトの光が彼女を照らし、雨粒が羽根の上に真珠のように弾ける。人間と猫は黙ってその様子を見守った。ラッキーは目を閉じて、頭を少し持ち上げた。
「雨……水……好きかもしれない」と彼女はつぶやいた。
「君は飛べるよ」ゾルバがもう一度言った。
「ゾルバ、大好き。あなたは世界一の猫だよ」
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「飛ぶんだ!」ゾルバが叫びながら、そっと前足でラッキーの背を押した。
ラッキーの姿が視界から消えた。一瞬、猫と人間の胸に不安がよぎった。まるで石のように落ちていったのだ。
2人は息をのんでバルコニーの端から下をのぞきこんだ。そして──見えた。羽ばたいていた。ラッキーが羽をしっかりと動かしながら、駐車場の上を飛んでいたのだ。そこから彼女はさらに高く、高く舞い上がっていった。港のクレーンよりも高く、船のマストよりも高く、そして聖ミヒャエル教会の金色の風見鶏のさらに上へ。
ラッキーは、夜のハンブルクの空を一羽で飛んでいた。旋回しながら、何度も何度も鐘楼の周りを回った。
「飛んでるよ! ゾルバ! 私、飛べるよ!」ラッキーが喜びいっぱいに叫んだ。
人間はゾルバの背中をそっとなでた。「やったね、猫くん。私たち、やり遂げたよ」
ゾルバはしばらく何かを考えているようだった。
「うん、彼女はあの“空っぽの淵”に立って、大切なことを学んだんだ」
「大切なこと? それって何?」と人間がたずねた。
「“飛ぶことができるのは、飛ぶ勇気を持った者だけだ”ってことさ」
「私はもう、ここにいるべきじゃないな。下で待ってるよ」
ゾルバは、ラッキーが飛ぶ姿をじっと見上げていた。自分の目からこぼれているのが、雨のしずくなのか、それとも涙なのか──それはもう、わからなかった。
黄色い瞳をした、大きくて、太っちょで、真っ黒な猫……優しくて、気高くて、港に生きる猫が、そこにいた。
私たちは君を心から愛している。それは、君がカモメだからなんだ。自分と同じものを受け入れるのは簡単だ。でも、違う存在を受け入れて、愛するのはとても難しい。君はそれを私たちに教えてくれた。君はカモメなんだ。そして、カモメとして生きていかなければならない。飛ぶことは、その運命なんだ。
画像クレジット:Behance
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